2018年2月22日

安直画像で綴る首都圏私鉄70’s その13

▲クモヤ90形と101系 津田沼電車区 1975-6

1975年大雨の日、せっかくの休日だからと上京を決行。
まずは恒例、日暮里駅で京成電車を一覗きですが、季節柄か3100形特急「水郷」がやって来ました。
当時の日暮里駅はこの狭苦しいゴチャゴチャ感が魅力でもありました。
▲いずれも日暮里 1975-6

この日は日暮里から初乗車の京成線で津田沼へ。
津田沼電車区へお邪魔するのが主目的でしたが、当時の貧弱な知識では72系は皆同じに見えてしまい、雨の中許可をもらって立ち入りながら数カットのスナップだけで退散、というオソマツの一席でした。

動線に制約がある中で、少しでも変ったアングルにしようとせっかくの72系を見上げる姿勢で撮っています。クモハ11改造のクモエ21がいた筈ですが見当たらず、これまた不覚にも早々と諦めてしまいました。
▲いずれも津田沼電車区 1975-6
 
帰りは千葉駅でスナップ。
この後は何故か新宿へ、更に東急世田谷線を見に下高井戸へ向かいます。梅雨の直中、こんなルートを取るとは何とも酔狂ですが、この日見たかったデンシャを無理矢理一日で訪問しようと企んだ結果でした。

1975年当時の東急世田谷線 →→ こちら

▲いずれも千葉 1975-6

2018年2月17日

釧路の異空間 その3

▲太平洋炭鉱坑外軌道線3号 春採 1982-3
 
さて、一くさり沿線を徘徊した後は再び春採へ戻ります。

春採ヤード全景。
朝方はヒョロ長凸電に興奮するあまり彼らばかりに眼が行っていましたが、其処彼処に佇むヘンテコな車を観察する余裕が漸く出てきました。
▲いずれも春採 1982-3

まずは先ほど見かけた人車列車。一際屋根が低いこの人車、何とも窮屈そうです。
こちらはお役御免となったと思しき人車と無蓋車。
家庭用のようなボンベを積んだ作業車。
こちらは機材運搬用のナベトロでしょうか。
ライトが「カネゴン」のような、これは排雪車でしょうか・・・
バッテリーロコの上に機械を組んだように見え、自走可能と思われます。
こちらもバテロコに櫓を積んだような架線作業車。
鉱山軌道線にしては随分と充実した陣容です。
▲いずれも春採 1982-3

要所のポイントには転轍手がいたり運転士が降りて自分で切り替えたりと、どうやら手動のようでした。背後には信号機が見えますが、どのように制御していたのでしょうか。
▲春採-貯炭場 1982-3
 
さて、最後に這い回る軌道線を一瞥して退散することにします。
文字通り一覗きで終わってしまい、このレールがどう続いていたのか見極めなかったのは後々後悔する破目になりました。
▲いずれも春採付近 1982-3
 
ヨーカンのような摩訶不思議な電機たちも1985年からニチユの新製機に交代し、これが最初で最後の対面になってしまいました。更に89年、今度は軌道自体が廃止されてベルトコンベアに取って代わります。軌間610mmでは再就職ままならず、せっかくのニチユ機もその活躍は4年余りでした。
▲春採 1982-3

2018年2月12日

釧路の異空間 その2

▲太平洋炭鉱坑外軌道線3号 春採-貯炭場 1982-3

さて、春採構内の後は沿線を撮り歩きながら貯炭場まで行ってみることにしました。
住宅地を掠めて走るヘロヘロ線路にその上を闊歩する炭鉱電機、不思議な光景ですが盛業のようで、列車は次々にやって来ました。
▲いずれも春採-貯炭場 1982-3

運炭中の凸電、前輪はシッカリとレールを踏んでいますが、車体と台車の間隔が結構空いているのでしょうか、頭が浮いているように見えます。
運炭列車にくっついて工事列車がやって来ました。 

しばらくすると人車を牽いた5号機が登場。1号機とこの5号機はボンネットが一際小さく、何とも可愛らしいスタイルです。 
こちらはバックに貯炭場を望む地点を行く8号機。
住宅街の踏切を渡ります。
▲いずれも春採-貯炭場 1982-3

運行ダイヤなどはなかったのでしょうか、路面電車のように続行でやって来て息つく間もありませんでした。しかしそのお蔭で短時間のうちに凸電を堪能、ヤードに屯する妖しげな車両たちを見に春採へ戻ることにします。
・・・しつこくまだ続きます。
▲春採-貯炭場 1982-3

2018年2月6日

釧路の異空間 その1

▲太平洋炭鉱坑外軌道線3号ほか 春採 1982-3
 
北海道の地を初めて踏んだのは1982年春のことでした。
時あたかも「特定地方交通線」問題がぶち上げられた頃で、絶滅危惧にあたる「1次廃止」はここでも目白押し。「乗りつぶし」にはあまり拘らない管理人もこの時ばかりは例外で、周遊券を使い果たさんとばかりに片っ端から乗り回していました。

▲2号 春採 1982-3
 
そんな道すがら、同行仲間らと立ち寄ったのは釧路の太平洋炭鉱・ナロー坑外軌道。当時の優先順位からすると専用線はかなり下でしたが、ここで名物のヒョロ長凸電を見ない訳にはいきません。

早速基地がある春採へ向かいますが、這い回る610mmの軌道に其処彼処に佇む怪しげな車両たちと、そのゲテモノぶりは想像以上でどこから手をつけていいやら迷うほどでした。

▲春採-貯炭場 1982-3
 
まずは間近にいる機関車群から狙います。
1948-60年・東芝製の凸電の仲間は9両(1-10号、4号は欠番)。一見同じような彼ら、細かく見るとボンネットやら手摺などが各車で異なり同一メーカーとは思えませんが、メンテナンスを繰り返すうちに差異が出てきたのでしょうか。
▲いずれも春採 1982-3
 
何ともユーモラスなロータリーもいました。
▲いずれも春採 1982-3

春採構内を右往左往しているうちに随分と時間を稼いでしまい、バタバタしながら沿線に向かいました。
・・・次回に続きます。
▲いずれも春採-貯炭場 1982-3