2016年11月28日

南海電鉄 水軒にて

▲南海電鉄1521系 水軒 1988-1

 南海電鉄和歌山港線の終点・和歌山港の先に、かつてもう一駅がありました。1日2本しか列車が来ない「水軒」。

1971年、木材輸送用に開業したものの一度も貨物が走ることなく廃止、この間僅か30年余りでした。

88年冬、野上電鉄の道すがら「どうしても乗りたい」という友人らに付き合って訪問。元来専用線のようなものですから、辺りはどうにも殺風景で数枚スナップすると早々と列車に戻りました。
▲いずれも水軒 1988-1
 
本線の電車もまだツートンカラーの天下でした。
▲浜寺公園 1988-1

2016年11月25日

小湊晩秋

▲小湊鉄道キハ200形 月崎-上総大久保 2013-11

この時期になると毎年気になってくるのは「上総久保の大イチョウ」。
しかし散る直前の、一閃のタイミングにはなかなか合いません。彼の地の気候は首都圏と微妙にずれ、一つも葉が残っていなかったり全く色付いてなかったりと、空振りが続きました。
▲月崎 2013-11

2013年のこと、やっとのことで落葉に間に合いました。
早暁から行動を開始、いつも最初に覗くのはこちら、里見駅です。
▲いずれも里見 2013-11

・・・と、ラッチに面妖な貼紙があります。
曰く「通学の小学生にカメラを向けないで下さい」。

切符を所望しながら駅長さんに聞いてみると、通学風景は絵になるからと集団で押し寄せ、突然レンズを向ける連中がいて子どもらが怖がっている、しかしどっちもお客さんだし・・・のこと、困った奴らですねなどと話し込んでいるうちに空が白んできました。
▲里見 2013-11

さて上総大久保へ転戦です。こちらも駅前の銀杏が散り際でした。
▲いずれも上総大久保 2013-11

本日のメインはこちら、上総久保の大銀杏。
半分は散っていますが、斜光線を活かせるアングル求めて辺りを徘徊しました。
▲いずれも上総久保 2013-11

しかしまあ沿線は同業者だらけで、キハが停車するや否やどっと降りてきて携帯でパチパチ・・・最近の人出には辟易するしかありません。

マスコミへの露出が増えた上に「首都圏で味わえる昭和レトロ」などと喧伝されているからでしょうが、それで乗客が増えるなら止むなしでしょうか。
▲上総久保 2013-11

2016年11月22日

京急の事業用車

▲京浜急行電鉄デチ16 新町検車区 1989-4

1989年春のこと、「神奈川新町で新型デト・デチのミニ撮影会があるけど」とお誘いを受けました。仕掛人はかの「ロンちゃん」こと故・吉村光夫さん。たまたま職場に知己の方がおり、そのオコボレに預かったのでした。

「新型デト・デチ」はいずれも88年に登場した、1000系の廃車発生品を使った電動貨車。個人では立入れない新町検車区ですから、きちんと記録に残そうと6×7判での参加です。

まずはこちら、デト12。
1000系の面影を色濃く残した面構えに側面。改造を受けていますが現在も一線で活躍中です。



続いてこちら、デチ16。
レール運搬任務の減少で他の3両と共にデトへ改造されましたが、こちらも今なお現役です。
▲いずれも新町検車区 1989-4

歩き回れる範囲に制限はありますが「ロンちゃん」の影響力でしょうか、デト・デチを交代で丁度良い位置に動かしてもらうという、ちょっと信じられない計らいでした。
当の本人は周囲に集まった、雑誌で見たようなベテラン達と談笑しており別空間の様相、もちろん私は遠目に見ているだけでした。

 しかし個人的に一番仕留めたかったのはこちら、デト20形21。
こちらは参加者に見向きもされていない様子でした。
1930年、湘南電鉄が開業時に製造した最古参で、諸処改造を受けてはいますがトラス棒のついた古めかしい外見はほぼ原形のままです。
▲いずれも新町検車区 1989-4

当時の最新鋭、1500系。スカートのないこの姿の方がサマになっている気がします。
▲いずれも新町検車区 1989-4

2016年11月19日

1978年 北陸行 その5

▲富山地方鉄道モハ14751 電鉄富山 1978-4

1回お休みしてしまいましたが、続いて稲荷町車庫へ向かいます。
モハ14711や14782、東芝戦時標準形電機のデキ14731が休んでいました。遠く立山連峰が望めますが、撮り歩く余裕はなく手を拱くしかありません。
▲いずれも稲荷町 1978-4

という訳でこれだけで富山に舞い戻ってきました。ここでの狙いは地鉄線乗入れ急行、475系「立山」。当時は好ましい大型のマークを付けていました。

北陸線はまさに優等列車のオンパレード、次々にやってくる特急「しらさぎ」「雷鳥」などもバラエティ豊かでした。高架化前の富山駅構内も、福井や金沢同様に広大なものでした。
▲いずれも富山 1978-4

富山を後にする頃には陽も傾いてきましたが、まだ終わりません。
更に目指すは高岡。駅前に停まっていた高岡軌道線をものの5分でスナップ、撮ったと同時に陽が暮れてしまいここでタイムアップです。
▲加越能鉄道デ7062 高岡駅前 1978-4

現在なら帰りの「能登」まで高岡市内を乗り回すところですが、何を思ったかこの時は城端線を往復しています。沿線は真っ暗、もちろん風景も分からず入場券が手許に残っただけでした。

さて締めはこちら、475系温泉急行「ゆのくに」。
延々と引っ張ってきた北陸早回り旅、これにて終了です。
▲いずれも金沢 1978-4

2016年11月16日

50,000アクセスになりました

▲瀬棚線 瀬棚 1985-9

いつも小ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
北陸私鉄早回り旅の途中ですが、お蔭様でアクセス数が50,000に達しました。
開始から5ヶ月余り、まだまだ未熟な内容ですが今後とも宜しくお願い致します。

▲標津線 奥行臼 1985-9
 
「乗りつぶし」にはあまり拘らない管理人ですが、北海道だけは例外でした。
80年代、道内のローカル線全てに乗ってみようと夜行列車の旅を繰り返します。

その道すがら、根釧台地を満喫すべく標津線・厚床から別海までの25キロを歩いたり、炭鉱栄華の残影を見たくなって夕張の炭住街を徘徊したりしました。

▲富内線 富内 1985-9
 
かつて名寄本線や天北線など、長大路線がいとも簡単に消滅してしまうことに驚いたものですが、それどころか今や宗谷本線や根室本線まで俎上に上がる事態に・・・一方でやれ五輪だのインバウンドだのと騒々しい都市圏にハテナ?を禁じ得ない管理人でした。
  
▲瀬棚線 瀬棚 1985-9

2016年11月15日

1978年 北陸行 その4

▲富山地方鉄道モハ14716・10056 電鉄富山 1978-4

さて北陸私鉄早回り旅、京福電鉄と福井鉄道で既に半日が過ぎました。
取り敢えず東に向かいますが、今夜の「能登」で帰らねばならない身、富山か金沢を選択しなければなりません。残る相手は北陸鉄道と富山地鉄、どちらも「大物」過ぎて半日では到底無理で、車庫を一覗きする程度です。
▲金沢 1978-4

迷った挙句、快速列車で富山へ向かいました。
途中金沢で乗換え、この地ならではの列車を捕まえます。2両編成の急行「能登路」は駅舎に最も近い七尾線専用ホームから発着していました。
▲いずれも金沢 1978-4

富山に着くと早速駅前へ、まずは富山地鉄の市内線です。
射水線からの乗入れ車、デ5000形が待っていました。しかしこれが一期一会、乗ることが叶わぬまま射水線は1980年に廃止されてしまいました。
▲いずれも富山駅前 1978-4

これだけ撮ると踵を返し、次は電鉄富山。
電鉄富山は現在と若干異なる位置にあり、国鉄との連絡通路や連絡線がありました。
▲いずれも電鉄富山 1978-4

続いて稲荷町車庫に向かいます。
・・・完結の予定がまだ続きます。
▲EF7059 武生 1978-4