2016年12月27日

お知らせ~帰省します

▲弘南鉄道大鰐線 津軽大沢付近 2016-2

いつも小ブログをご覧頂き、ありがとうございます。
栃木へ帰省のため、本日からしばらく更新をお休みします。
また頂いたコメントへのご返信が遅れるかも知れませんが、併せてよろしくお願い致します。

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齢90年を超えてなお矍鑠たる弘南鉄道の電機たちですが、今年も出番がやって来ました。時代離れしたこんな光景も、あと何回見られるでしょうか。
 
▲津軽大沢 2014-12
 
▲津軽尾上-尾上高校前 2016-2

開始から7カ月、相変わらずのマイペース更新ですが、お蔭様で何とか続けることができました。2017年もよろしくお願い致します。

それでは良いお年をお迎え下さい!


▲新里-館田 2015-2

2016年12月24日

1974-75年 宇都宮運転所にて

▲EF572 宇都宮運転所 1974-10

70年代半ば、東北本線直流区間の雄といえば「ゴナナ」。
既に定期列車の主役はEF58に移りつつありましたが、それでも季節列車を中心に関東平野を華麗に飛ばす姿が見られました。
▲宇都宮運転所 1975-1

しかし早朝深夜の運用が中心で始発で駆け付けても間に合わず、彼らの走りを眼にすることは叶いませんでした。もっぱら宇都宮で昼寝中のところを捕えただけですが、ここにはゴナナを始め、EF15やEF58、最後の活躍をしていたEF56などがぞろぞろと屯ろしていました。

まずはこちら、1975年3月のダイヤ改正で形式消滅したEF56。
▲いずれも宇都宮運転所 1974-10

引退の日が迫る頃の6号機。
最後の仕業であった荷物列車の運用からも外れていたようで、車輪には錆が浮いています。

半流の初期型に比べ、8号機以降の後期型は箱型車体です。
この頃は9号機だけが残っていました。
▲いずれも宇都宮運転所 1975-1

次はこちら、宇都宮の主役・EF57。
EF56の改良版として登場した1号機はパンタが中央に寄った異端機です。
▲小山 1973-8

▲宇都宮運転所 1974-10

2号機は1975年5月、最も早く(事故廃車の12号機を除く)引退したカマでした。
上から6・10・14号機。
▲いずれも宇都宮運転所 1975-1

EF56・57の影に隠れて当時は目立たぬ存在でしたが、EF15やEF58も多数いました。
こちらは初期型のEF5810号機。
▲宇都宮運転所 1974-10

1975年3月のダイヤ改正で西日本からEF58が大挙してやって来ると、急速にナワバリが侵食され始めて77年には定期仕業がほぼゼロ状態、78年秋に全廃となります。

ネグラであった広大な宇都宮運転所は当時、出入りが自由。
・・・というよりも広すぎて正門が分からず、柵もなかったので公道からズカズカと入って行き、機関士を見つけては「写真撮っていいですか?」「いいよ」といった按配でした。
▲EF578 宇都宮運転所 1975-1

2016年12月21日

秋の蒲原 その2

▲蒲原鉄道狭口付近 加茂川を望む 1984-11

小春日和の中、大蒲原からへノンビリと歩き出します。
沿線に人家はほとんど見当たりませんが、其処彼処に稲架木を見かけました。
▲いずれも大蒲原-高松 1984-11

高松は田園の中にポツンと佇む無人駅です。
▲高松 1984-11

高松から隣の土倉へ、更に冬鳥越から七谷へと歩を進めます。冬鳥越を過ぎた辺りから一面にススキが広がり、しばらくここに陣取ることにしました。
▲いずれも冬鳥越-七谷 1984-11

七谷でようやく腰を落ち着かせます。
モハ12が小さい体躯を揺らしながらスプリングポイントを渡ってきました。並行する砂利道や電柱に括り付けられた踏切、「発条」の立札がローカル色を引き立てます。
▲いずれも冬鳥越-七谷 1984-11

これに乗って狭口で下車。狭口は近くに加茂川を望み、あとは数件の民家と田圃があるだけの長閑な所でした。既に陽は傾き始め、斜光線を生かせる場所を探して七谷方へ進みます。
▲いずれも七谷-狭口 1984-11
 
続いて加茂方へ。
▲いずれも狭口-駒岡 1984-11

陽のかけらが加茂川の向こうに沈み、ここでタイムアップ。
晩秋の黄昏は早く、誰もいない狭口のホームで次列車を待つうち、見る間に闇に包まれて行きました。
▲モハ11 村松 1984-11

2016年12月18日

秋の蒲原 その1

▲蒲原鉄道モハ12 冬鳥越-七谷 1984-11

日本の原風景を凝縮したような蒲原鉄道「加茂線」。
1975年の夏休みに初めて全線に乗り、山里の風光に魅了され何度か通いましたが、今回はそんな中から晩秋の情景をお送りします。

1975年の訪問記 →→ その1  その2

愛用の長岡行普通夜行列車「733M」から乗り継いで新津で下車、五泉に向かいます。
▲いずれも五泉 1984-11

先ずは露払い的に五泉-村松間の3連を捕えます。
道路沿いのつまらない景色ですが、加茂線廃止と運命を共にした旧山形交通のモハ91や旧越後交通のモハ81が動いていました。
▲いずれもモハ91+クハ10+モハ81 今泉-村松 1984-11

次は恒例、村松車庫を一覗き。
電車たちを改めて6×7判で記録しておくのも目的でした。
お役御免になった木造貨車が所在なさ気でしたが、幸運にも全車とも保存されました。
開業時のデ2(→モハ1)の車体を流用した詰所。よもやこれが復元されることになるとは、当時は夢にも思いませんでした。
▲いずれも村松 1984-11

続いて加茂線へ転戦、先ずは大蒲原で下車。
大蒲原は1980年に無人化されましたが、大きい木造駅舎が残っています。一見くたびれた印象ですが、冬季に保安要員が配置されるため駅舎内はさほど荒れていませんでした。
▲いずれも大蒲原 1984-11

本数は少なく90-120分ヘッド、乗ってしまうと撮れないのでここから線路端を歩くことにしました。
▲いずれも大蒲原-高松 1984-11

晩秋の心地良い空気を目一杯吸い込みながら歩き出しました。
・・・・次回に続きます。
▲大蒲原 1984-11