2017年11月22日

EF12と70系と その3

▲両毛線クハ76ほか 佐野-富田 1974-10
 
「ヨンサントオ」のダイヤ改正に先立つ1968年9月、両毛線が電化。
C58や10系気動車の天下だったこの線にやって来たのは、スカ線で鳴らした70系や戦前型貨物機の集大成・EF12でした。

あまりにも馴染み過ぎていたせいもありますが、間近なものをマメに写すという基本がなっていない管理人、改めて見直すと碌な記録が残っていません。本日はそんな中から、家から10分圏内で撮り回った超お手軽スナップをお送りします。
▲いずれも佐野-富田 1975-6
 
こちらは渡良瀬川の支流・秋山川橋梁にて。
自転車を少し飛ばすと、こんな風景が広がっていました。川辺でザリガニだの鮒だのを捕まえる手を時折止めて、やって来るデンシャを待ち受けました。
▲いずれも佐野-富田 1974-10

鉄橋から少し高崎寄りに移動すると、一面の田圃が広がっていました。
制御車不足解消のため、サロ85をクハに仕立てた当線名物・クハ77は総勢6両。高崎方・小山方半々くらいに連結されていたと記憶します。
快速運用の115系はまだ大目玉の非冷房です。
▲いずれも佐野-富田 1974-10

1日1往復、閑散時間帯の区間列車には40系2連も走っていました。
▲佐野-富田 1977-4

佐野駅高崎方からのスナップ。
貨物ホームには荷が溢れんばかりに積まれた貨車が停まっています。
▲いずれも佐野 1975-6
 
両毛線と東武佐野線の間には3本の中線があり、もちろんレールも繋がっていました。いつ行ってもEF12の入換風景を見ることができましたが、工作が優れた初期形は現場の評判も良かったようで、1・3・5号機には良く出会いました。
▲佐野 1973-6

▲いずれも佐野 1977-5

70系とEF12、電化と共に当線の主役に躍り出た彼らでしたが、その活躍は10年足らずでした。
▲いずれも佐野-富田 1974-10

2017年11月17日

上田交通 昇圧の頃 その3

▲上田交通 中塩田 1986-9

「下之郷の大カーブ」は、広大な田園風景をコトコト走る姿に惹かれていつも陣取る場所でした。
下之郷駅を発車した電車はぐいっとカーブすると、いきなり田圃のど真ん中に放り出された感じで中塩田を目指します。
▲いずれも下之郷-中塩田 1984-7

こちらは終日2連運用になった頃。
丸窓+平面ガエルことクハ290形、モハ5370形+クハ252という組み合わせによく遭遇しました。
▲いずれも下之郷-中塩田 1986-2 

鯉のぼりを眺めながら、下之郷付近を行くモハ5370形。
田圃にもそろそろ水が張られる頃になりました。
▲いずれも下之郷-中塩田 1985-4

下之郷と共に、こちらも何度も訪れた中塩田。
別所温泉とともに洋風建築の駅舎が残り、現在もリニューアルされて健在です。
▲いずれも中塩田 1986-9

昇圧前最後の訪問となったのは1986年秋、この日は別所温泉からスタートです。あちこちを徘徊しながら名残を惜しむことにしました。
▲いずれも八木沢-別所温泉 1986-9

▲寺下-神畑 1986-9

▲中野-舞田 1986-9

▲八木沢 1986-9

上田原の凄まじい電車区は、昇圧と共に下之郷へ移転。
東急からやって来たばかりの5000・5200形が出番を待ち構えています。クハ5251は図らずも丸窓と同じ番号を名乗ることになりました。
▲いずれも下之郷 1986-9

最後はもう一度、別所温泉へ。クハ252+モハ5371が視界から消えるまで見送り、眼瞼に焼き付けました。
▲別所温泉 1986-9

2017年11月12日

「トフ」と「ヨ」

▲相模鉄道モハ6023ほか かしわ台-海老名 1994-2

無蓋車と車掌車が合体した「トフ」。
かつて東武・西武・小田急など貨物が盛業だった大手を始め国鉄にも仲間が棲息していましたが、その多くは70年代までに「ヨ」に交代するか、車掌車自体が消えるかしていました。

かく言う管理人も「トフ」現役時代には間に合わず、辛うじて捕えたのが相鉄に最後まで残っていたトフ400形。既にシンガリの役目は終え、厚木留置線で廃車を待つ身でした。
▲いずれも厚木 1990-10

一方こちらは古いトフやトムを改造して誕生した東武のヨ101・201形。
杉戸発葛生行K633レはED4010・4020形の数少ない定期仕業でしたが、この日のお供はヨ101形1両でした。
▲佐野市 1974-5

K633レが佐野線に入る時刻は遅く、陽の長い時期でないと走行シーンは拝めません。この日はED4022が珍しく長大編成を牽いてやって来ました。
▲田島-佐野市 1975-6 

葛生のヤードに待機するヨ101群。
▲葛生 1974-5

すっかり緑色が板についた「ヨ」でしたが、1986年から茶色塗装も登場します。
▲いずれも川俣 1990-10

おそらく現存する唯一のトフとなったNo.400はかしわ台の片隅で鎮座しています。貨車の保存は少ない上に情報も乏しく、まとまった両数が整備されているのは「貨物鉄道博物館」くらいでしょうか。
▲こちらも年代物のトム600形を挟んだ工事列車 かしわ台-海老名 1994-2

▲ED10形は11号が静態保存されています かしわ台 1985-8

2017年11月7日

1975年 新宿駅にて

▲EF1319 新宿 1975-9

1970年代の新宿駅は、行き交う101・103系に混じって中央線の中長距離列車、EF13や荷電もやって来る一日いても飽きない場所でした。

長い間中央線優等列車専用だった「不動の第一ホーム」ですが、1986年の埼京線延伸以降は成田エクスプレスや房総特急、東武特急の乗り入れなど変転喧しく、見る間に移り変わっていきます。

まずはこちら、181系時代の「あずさ」。
既に少数派になりつつあった181系ですが、この12月には「あずさ」からも撤退して「とき」専従になりました。
登場間もない183系には初々しさが残ります。
▲いずれも新宿 1975-9

中央本線の中・長距離列車は大目玉の115系オンリー、クモニ83と名コンビを組みました。
▲いずれも新宿 1975-1
 
山手貨物のEF13。現在の埼京線ホームの辺りには貨物線が広がり、EF10・15や中央線のEF64らが待機していました。
▲いずれも新宿 (上・中)1975-1 (下)1973-9
 
クモニ13もやって来ます。
中央線の臨時特快には「おくたま」「みたけ」「あきがわ」といった愛称が付けられていました。201系、E233系へと世代が移った現在でも「ホリデー快速」として運転されています。
こちらは定期の特快に入った103系。殴り書きされたスローガンが痛々しいですね。
▲いずれも新宿 1975-9

中央線での103系の活躍は約10年間。1983年までに中央緩行線や南武線の冷房化率アップのため転出していきます。
▲東京 1974-5

一方こちらは小田急線ホーム。
雰囲気は現在と余り変わりませんが、主役はSE車や2400系たちでした。
新線開通前の京王線ホーム。
当時の最新鋭は6000系で5000系やグリーン車2000系が第一線で活躍中でした。
▲いずれも新宿 1975-8

新宿は横浜駅共々、この50年間ずっと工事中のような気がします。
全ての竣工が宣言されるのは何年後になるのでしょうか。
▲新宿 1975-8