2018年5月23日

「モニ」と「ED」 

▲相模鉄道新6000系 かしわ台-海老名 1984-9 
 
相鉄最後の吊り掛け電車は2000系でした。
6000系が大量投入されると徐々にテリトリーを失っていきますが、事業用に改造された元国電の5両が最後まで残っていました。
 
まずはこちら、モニ2023+2019。
後にもう1両(モニ2005)を仲間に入れて、3両編成で架線検測に活躍します。

こちらは教習車のモニ2008。本線に出ることなくこの地で終焉を迎えました。
モニ2022は1992年に銚子電鉄へ譲渡され、車体が犬吠駅レストランになっていましたが、現在は解体されています。
▲いずれも かしわ台 1985-8
 
架線検測に走るモニ3連。
▲いずれも かしわ台-海老名 1990-8

荷電廃止後の1979年、日立電鉄へ譲渡された旧クニ2506のクハ2503。
▲鮎川 1987-8

一方貨物の主役はED10形。
ED10ながら101~ではなく、ED11~ED14という付番はあまり例がありません。非力のため常時重連での運用でした。。
4両の仲間のうち、ED14は全面・側面窓が大きく異なる印象を受けます。
▲いずれもかしわ台 1985-8

ED10は主力の厚木基地への燃料輸送のほか、新車の搬入回送に工事列車にと重宝されていました。
▲いずれも相模国分(信)-厚木 1992-11

厚木からネグラへ戻るED12+ED11。
相模国分信号所のタブレット交換は1984年に自動化されました。
▲いずれも相模国分(信) 1984-9
 
同じ場所で当時の主力、6000・7000両系列も押さえます。7000系の命脈が尽きようとは、この時は想像もできませんでした。
▲いずれも かしわ台-海老名 1984-9

2018年5月18日

続・東武佐野線あちらこちら 


▲東武鉄道ED5023・ED5066 佐野市 1973-5

前回の記事では初めてのフィルムについて書きましたが(こちら)、失念していた同時期の東武佐野線をスキャンしてみました。

田島を出て一面に田圃が広がるこの辺りは、徒党を組んで自転車を飛ばしては遊び回っていた定番の場所でした。こちらは雨上がりの夕暮れ、間もなくやって来るED4020形のK633レを待つ間のスナップです(ED4010・4020の記事こちら)。
▲いずれも田島-佐野市 1975-6 
 
電機のバラエティ。
試作的要素が高いED5000、異端児5050、量産型の5010、そして角ばった車体の5060・5080形と色々なカマがやって来るのも楽しみの一つでした。
▲館林 1975-6
 
▲葛生 1974-5
 
▲佐野市-佐野 1974-6
 
▲館林-渡瀬 1974-2
 
▲佐野市-佐野 1974-6
 
▲田島-佐野市 1973-6 
 
▲佐野 1974-10 
 
▲佐野市 1973-6
 

葛生で入換に従事するED5010形。
▲いずれも葛生 1974-5
 
お粗末写真特集の締めはこちら、初めてのバルブ撮影です。
まだ本格的な夜間撮影など遠い世界のことだった頃、家から持ち出した三脚にヤシカを括り付け、適当にシャッターを切りました。
▲いずれも佐野市 1974-8

2018年5月13日

雨上がりの洛北

▲叡山電鉄デナ124 市原-二ノ瀬 1990-11

小雨だった出町柳から一変、山が深くなるにつれ本降りになってきました。紅葉狩り客らと共に鞍馬寺を参拝した後は、雨にめげず貴船口方へ歩くことにしました。
▲鞍馬 1990-11
 
▲貴船口-鞍馬 1990-11

まずは貴船口駅ホームから。
ド定番アングルですが、四季折々違った表情を見せてくれます。落葉を踏みながらデオ600がやって来ました。


▲貴船口 1990-11

更に二ノ瀬へ向かい始めたと思いきや、急に陽が差してきました。しめた!・・・とカメラを構えると雲に隠れてしまい、また歩き出すと顔を出し・・・の繰り返しです。
▲ニノ瀬-貴船口 1990-11

▲ニノ瀬 1990-11
 
▲いずれも市原-二ノ瀬 1990-11

気まぐれな空に翻弄されながら、市原周辺へ転戦です。
この日の最優先課題、紅葉ポイントで最後まで粘ることにしました。
▲いずれも市原-二ノ瀬 1990-11

気が行くのは勿論「デナ」ですが、この日は紅葉シーズンの臨時列車が運行されたせいでしょうか、3編成(デナ122+124、125+126、21+22)がフル稼働です。
▲いずれも市原-二ノ瀬 1990-11

デビュー間もないデオ800形も活躍。
当時はこれを見て「叡電のイメージも随分変わったなあ」と感懐に耽ったものですが、現在の「ひえい」に比べれば可愛いものですね。
▲二ノ瀬-貴船口 1990-11

▲鞍馬 1990-11